『さよなら、サイレント・ネイビー』(続きます)   

オウム真理教の地下鉄サリン事件は,それ自体の恐怖もさることながら,自分の身近な場所で起きたこともあり,911テロ事件や神戸の震災よりも強いショックが残っている,特別な事件です.その実行犯の大学〜大学院時代の親友によるノンフィクション,と知ってすぐに読みました.

この作品の特異性は,それが死刑判決を受けている豊田亨被告に関する最高裁への上申書の分身として書かれたところにあります.その趣旨は,豊田被告が他の数名と共に殺人事件の加害者であると同時に,オウム真理教によるマインドコントロールの被害者でもあり,その点の検証がなければ正当な審理とは言えないというものです.

オウムの話題と言うと,興味はあってもあえて目を背けるというムードがあります.それは事件の忌まわしさや麻原彰晃という存在のいいかげんさ,いかがわしさから,オウム全体,個々の信者に至るまで,もう動けないようにしてフタをしよう,という発想です.自分でも,それは不当ではないかといういくらかの気持ちは持ちながら,自業自得という言葉で処理してきた部分がありました.そのため「信者は被害者でもある」という視点には,もう一度考え直すべき真理があるのではないかと思わされました.

作者の伊東乾氏(音楽家・東大助教授:情報学)は,ただ責任者を裁くだけで問題の解決策をもたらさない現状を変えるために,自身の講座「情報処理」の講義にあたり,獄中の豊田被告の協力を得て「再発防止プログラム」のカリキュラムを作成しました.2000人以上の東大生がそれを学んだだけでなく,2004年には文通による自主ゼミという形で,豊田被告が学生を直接指導するということまで実現しています.

また,大脳の働きが低下して思考停止をもたらす脳の活動のメカニズムの実験や,オウムの「修行」と紙一重ではないかと思うような風変わりな「一泊ゼミ」の実体験の紹介を通じて,マインドコントロールの仕組みを実証しようとする伊東氏の行動力には目を見張るものがあります.

タイトルの「サイレント・ネイビー」とは,イギリス海軍に始まり日本にも持ち込まれた伝統で,「黙って仕事をする,失敗の責任は黙って取る」というものだそうです.伊東乾氏は豊田被告に「もうそれはやめないか」と呼びかけます.それではまた日本は何も学ぶことなく同じ失敗を繰り返すことになる.本当にサリン事件を起こしたものは,検察の書いたストーリー通りではわからない,君が何を考え,どのようなきっかけでオウムに走ったのか,ほんの小さなことでも全て話すことで,日本の社会が次の過ちを未然に防ぐことになる.これがこの本のメッセージです.

(長くなるので,もう1つの論点については改めて続けます.)
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by t-globe | 2006-12-03 00:47 | Entertainment

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